-->

蛇紋岩 serpentinite

蛇紋岩(serpentinite, サーペンティナイト)はほとんど蛇紋石(serpentine, サーペンティン)のみからなる岩石。変成岩の一種。 蛇紋岩は主としてかんらん岩などの超苦鉄質岩が水と反応することで生じ、この反応を蛇紋岩化反応または蛇紋石化反応という。
蛇紋岩(高知県横倉山)_serpentinite Mt. Yokokura-yama, Shikoku Is., Japan  Kurosegawa melange belt
蛇紋岩(高知県横倉山 画像幅約15cm)

蛇紋岩の概要

蛇紋岩の主要な構成鉱物は蛇紋石グループの鉱物であり、その他に磁鉄鉱水滑石(ブルース石)緑泥石クロム鉄鉱などを含む。 また、原岩となったかんらん岩などの超苦鉄質岩を構成していたかんらん石(苦土かんらん石)、頑火輝石(直方輝石)などが残っていることもある。
厳密な定義があるわけではないが、全体の約7~8割以上が蛇紋石鉱物からなる岩石を蛇紋岩と呼ぶことが多いようである。

蛇紋岩を構成する蛇紋石グループの鉱物は、主にリザーダイト(リザード石)アンチゴライト(アンティゴライト)クリソタイルの3種類である。これらの蛇紋石鉱物は生じる温度によって変化し、組成によっても変わるが、リザーダイトは50-300℃と比較的低温で、アンチゴライトは250-600℃と比較的高温であり、クリソタイルは0-300℃で生じるが、岩石中の亀裂を充填する形などで産出し、準安定な相であると考えられている(Evans, 2004)。

上記の構成鉱物の量比や粒径、岩石組織などによって蛇紋岩の見た目は異なるが、蛇紋岩の色は深緑色、帯緑黒色、黄緑色、帯青暗緑色などである。これらの色がまだら状に、蛇の表皮のような模様となることが多い。 特にせん断応力を受けて薄く剥がれるような構造になった蛇紋岩は、特有の湿ったような鈍い光沢を示すことから、蛇の表皮に似た印象を与える。
せん断応力を受けて薄く剥離するような蛇紋岩は物理的強度が低く簡単に割ることができる。一方で、あまり剥離するような構造を持たない蛇紋岩はかなり固く、ロックハンマーでなかなか割れないようなこともある。

蛇紋岩の露頭
蛇紋岩の露頭。

蛇紋岩化反応

蛇紋石の組成は(厳密には微妙な違いがあるが)、おおよそMg3(Si2O5)(OH)4という形で表される。蛇紋石は苦土カンラン石(Mg2SiO4)の加水で生じるが、、蛇紋石とカンラン石ではMgとSiの比率が異なり、蛇紋石は相対的にケイ素に富みマグネシウムは少ない。このため、カンラン石が蛇紋岩化する際にはブルース石が生じるか、もしくはカンラン石以外の鉱物(たとえば頑火輝石)や外部からケイ素の供給があるかになる。 すなわち、
2Mg2SiO4 + 3H2O → Mg3(Si2O5)(OH)4 + Mg(OH)2
あるいは、
3Mg2SiO4 + 4H2O + SiO2aq.→ 2Mg3(Si2O5)(OH)4
という反応式で表される。

カンラン石は実際には苦土橄欖石と鉄橄欖石の固溶体(Mg, Fe)2SiO4であり、蛇紋岩化反応はこの鉄の影響を大きく受ける。蛇紋石グループの鉱物としてクロンステッタイト(cronstedtite)(Fe2+2Fe3+((Si,Fe3+)2O5)(OH)4)があるが、リザーダイト、アンチゴライト、クリソタイルとはあまり固溶しない。カンラン石に含まれる鉄の一部は酸化されて磁鉄鉱(Magnetite)になる。この際、水が還元されて水素が発生する。すなわち、
2(Mg0.8, Fe0.2)2SiO4 + 3H2O → 0.8g3(Si2O5)(OH)4+ 0.8Mg(OH)2 + 4/15Fe2+Fe3+2O4 + 0.6H2
あるいは、
3(Mg0.8, Fe0.2)2SiO4 + 4H2O + SiO2aq.→ 1.6Mg3(Si2O5)(OH)4+ 0.4Fe2+Fe3+2O4 + 0.8H2
という反応式で表される。

現在、蛇紋岩化反応に関連した熱水噴出孔では発生した水素を用いて代謝する古細菌などの原始的な生命がいることから、蛇紋岩化反応は生命の起源に深く関連しているという仮説がある。また、蛇紋岩化反応によって生じた水素が二酸化炭素や窒素と反応して、メタンなどの炭化水素やアンモニア、その他の様々な有機物が非生物的に生じ、生命が利用していたという仮説も提唱されており、注目されている。

蛇紋岩の産出地

海洋プレート

海洋プレート下部のマントルを構成するハルツバージャイトなどのかんらん岩は様々な場所で熱水変質作用による蛇紋岩化が起きている。拡大速度の遅い中央海嶺ではマントルかんらん岩の部分が直接海底まで露出しており、海底下7km程度まで蛇紋岩が起きている(Guillot and Hattori, 2013)。例えば、大西洋中央海嶺は拡大速度が2cm/年程度であり、数多くの場所で蛇紋岩化が起きていることが知られている。 また、中央海嶺の側方に伸びるトランスフォーム断層沿いなどでは、海洋プレート下のマントル部分を構成するかんらん岩が露出しており、蛇紋岩化が起きている。東太平洋の中米沖にあるヘス・ディープ(Hess deep)はその代表的な例である。

オフィオライト

オフィオライトとは、海洋プレートのうち海洋地殻から上部マントルにかけての連続した岩相が大陸プレートなどに付加し、地表で見られるようになった岩体のことを指す。この中にはもともと海洋プレートを構成していたかんらん岩などの超苦鉄質岩が含まれており、それらは上記のような海洋底に存在した頃の上記のような蛇紋岩化作用に加えて、付加して以降も地殻内や地表付近で蛇紋岩化作用が起きていることが多い。

中東オマーンにあるオマーンオフィオライトは世界でも最も保存状態・露出状態の良いオフィオライトとして有名である。日本国内では、西日本の夜久野オフィオライト、千葉県の嶺岡帯、北海道の幌加内オフィオライト、幌尻オフィオライトなどが有名である。

造山帯

プレート沈み込み帯には様々な起源の蛇紋岩がある。1つは上記のようなオフィオライト起源の蛇紋岩で、これはもともと海洋プレートを構成していたかんらん岩である。この他に、付加した海山や海台に含まれていた超苦鉄質岩(苦鉄質マグマだまり内で生じたカンラン石集積岩など)を起源に蛇紋岩もある(このような海洋プレートの上に生じた海山・海台の付加した岩体をオフィオライトに含めることもある)。 さらに、大陸プレートの下で、かつ沈み込む海洋プレートスラブの上の部分にあたる上部マントル(ウェッジマントルという)を構成していたかんらん岩が蛇紋岩化して地表に露出することも多い。このようなウェッジマントル起源の蛇紋岩は、付加体の砂岩泥岩からなる地層中に蛇紋岩メランジュとして含まれるものや、結晶片岩などからなる低温高圧型変成帯に含まれるものなどがある。このような蛇紋岩は比較的深いマントル内部で形成されるため、主にアンチゴライトからなる蛇紋岩であることが多い。
マントルウェッジの蛇紋岩は海溝沿いの大陸地殻側に断層を通じて上昇してきて泥火山のように噴出することがある。小笠原海溝やマリアナ海溝沿いはその典型的な例である。

コマチアイト質火成活動

コマチアイトは超苦鉄質の組成を持つ火山岩である。現在の地球ではコマチアイト質火山活動は見られないが、世界各地の約20億年前以前の太古代や原生代の地質体にコマチアイトが広く見られる。新鮮なコマチアイトはかんらん石や直方輝石などの結晶と、超苦鉄質から苦鉄質の微晶質ないしガラス質の石基からなり、変質によって蛇紋岩化する。

蛇紋岩と関連して産する岩石・鉱物

かんらん岩などの超苦鉄質岩に対して蛇紋岩化反応を引き起こした流体は、ケイ素に枯渇する一方でカルシウムに富んだ強アルカリ性の流体となる。このような流体が超苦鉄質岩以外の岩石の中に流入すると、灰礬柘榴石-灰鉄柘榴石透輝石ヴェスヴ石斜灰簾石ぶどう石や加水柘榴石などのカルシウムに富んだ鉱物からなるロディン岩を形成する。一方、泥質岩などの珪長質岩の中にブロック状に取り込まれた超苦鉄質岩が蛇紋岩化を被ると、その周囲には黒雲母岩または緑泥石岩緑閃石岩滑石岩などの特異な変質岩石が生じる。特に黒雲母岩や緑泥石岩は黒色の壁のように蛇紋岩と周囲の泥質岩を区切っていることが多く、ブラックウォールと呼ばれることがある。

二酸化炭素に富んだ条件下で蛇紋岩化反応が起こると、蛇灰岩(じゃかいがん、ophicalcite、オフィカルサイト)リストヴェナイト(リスヴェナイト、リストワナイト)などが生じる。

蛇紋岩と地形

蛇紋岩地帯では地すべりが起こりやすいとされている。特に、小規模な蛇紋岩体や、蛇紋岩体の境界部分では、蛇紋岩の風化や変質が進行して滑石や緑泥石、スメクタイトといった鉱物が生じることで地盤を構成する岩石の強度が下がって地すべりが起こりやすい他、蛇紋岩を主体とした崖錐堆積物などからなる場所もまた地すべりが起こりやすい(矢田部ほか, 1997)。

蛇紋岩をはじめとする超苦鉄質岩からなる地質体上の植生は、高山植物群落が周囲の通常の岩石地域に比べて低い高度で発達していたり、その地域特有の固有種が生育していたりなど、特異な植物群からなっていることが多い。
その原因として、(1) 蛇紋岩から土壌へ供給される高い濃度のニッケルによって、植物の根の細胞分裂が阻害されたり、ニッケルが葉内に吸収されてクロロフィル濃度の低下により光合成能力が低がったりする(Gabbrielli et al., 1990;Yang et al. 1996)、(2) 蛇紋岩から土壌へ供給される高い濃度のマグネシウムによって、植物体内のCa/Mg 比が低下し、植物体内のMgがCaと置き換わり、細胞壁や細胞膜の機能が低下する(Gabbrielli and Pandolfini 1984; Marschner 1995)、(3) 蛇紋岩土壌では植物の生育に不可欠なリンや窒素といった栄養元素が乏しく生育は抑制される(Nagy and Proctor, 1997)、などの理由が考えられている。日本国内の蛇紋岩に関連した特異な植生ので見られる場所として、北海道のアポイ岳(光田・増田, 2005)、長野の白馬周辺(波多野・増沢, 2008)、尾瀬の至仏山などが挙げられる。も同様に有名である。このような特徴がある。ただし、蛇紋岩地域であっても、土壌が厚く堆積しているような場所では蛇紋岩の影響が少なく、普通の植生が発達することが多い。

蛇紋岩の産業利用

蛇紋岩の重要な用途として石材が挙げられる。 建築業界や石材業界では、蛇紋岩は"大理石(マーブル)の1種"として扱われる。緑色系の大理石として販売されている石材の多くは、岩石学的には蛇紋岩やそれに関連した蛇灰岩などの岩石である。 このような蛇紋岩の石材としての取り扱いは、岩石学的な意味での大理石と同様に硬度が低い鉱物を主体としていることや、研磨面の見た目が類似していることに基づいていると考えられる。

緑色系の大理石の1種の石材として用いられる蛇紋岩 serpentinite tiles on floor
緑色系の大理石の1種の石材として用いられる蛇紋岩(上野国立科学博物館の床)。

さらに、見た目の美しい蛇紋岩は研磨して宝飾品や酒盃などの工芸品などとして用いられることもある。

また、蛇紋岩は肥料の原料としても用いられる。蛇紋岩とリン鉱石を炉で溶融し急冷破砕したガラス状の固体を熔成リン肥と言い、農地へ散布することで土壌へのリン酸分の供給や酸性度の低下などの効果がある。

かつては蛇紋岩体から産するクリソタイルなどを石綿(アスベスト)として、採掘し利用していたが、石綿の健康への悪影響から現在では採掘や利用は行われていない。現在でも、石綿を含む蛇紋岩体での工事では粉塵などに特別の注意が必要となることもある。

関連項目

岩石詳解図鑑トップへ戻る

参考文献

planetscope岩石鉱物詳解図鑑