熱と温度について

このページでは、熱力学を学ぶ上での最も基礎となる「熱と温度」について説明します。

熱と温度の違い

1. すごくあたりまえな経験法則から温度の導入へ

我々は常日頃、身の回りの物体に対して「熱い」「冷たい」という感覚を持っている。そして、経験的に以下のようなことを「あたりまえ」のこととしている。

『熱い物体と冷たい物体を近づけておくと、熱い物体は冷え、冷たい物体は温まり、やがて両方の物体は同じ「あたたかさ」になる』

しかし、この経験法則の表現には問題がある。具体的な例を考えるとわかりやすい。真冬の寒い環境に長時間おかれた鉄と木材、触ったときに「冷たい」と感じるのは鉄の方であろう。
人間の感覚では「あたたかさ」を客観的に表すことが出来ない。 そこで、まず導入されたのが「温度」である。人々は古くから「あたたかさ」が変化すると物質の常態が変化することを経験的に知っていた。
例えば、液体は冷たくなっていくとあるところで固体になり、逆に熱くなっていくと体積が膨張しあるところで気体になる。更に熱くし続けると体積が膨張していく。
そのような物質の性質を用いて「あたたかさ」を客観的に測定するためのものが「温度」である。我々が最も身近に使う「温度」の「℃」は水の性質を利用したものであるという事は今更いうまでもないだろう。
物理ではさらに一般性を持たせるために、実験によって、気体の種類によらず以下のボイル・シャルルの法則が成り立つことがわかったので、0℃=273.15Kとする絶対温度(単位はケルビン[K])を導入した。

ボイル・シャルルの法則
1molの気体の圧力をP[Pa]、体積をV[m^3]、温度をt[℃]としたときに
PV=R(273+t) (ただしRは定数)

このRは気体定数と呼ばれる定数だが、詳細は後述する。ここでは、「実験したら出てきた定数」といった解釈でよい。

2. 「熱」の導入

温度の導入により、めでたくあたたかさに関する経験法則は普遍法則となった。
では、一体何が温度の高低や変化を決めているのだろうか。その説明のために「熱」が導入される。温度と熱を用いて、「あたりまえ」の法則を表すと以下のようになる。

@熱は必ず高温の物体から低温の物体に流れ、その逆は起こらない。

A熱を加えると物体の温度は上がり、熱を奪うと物体の温度は下がる。

B温度の異なる物体を近づけておくと、その物体間で熱が流れ、やがて温度が同じになり熱の流れは止まる。

少し具体的に、「お湯」と「冷水」を近づけておいたときにどのような変化が起こるかを考えてれば、上記の法則は「あたりまえ」以外の何物でもないであろう。

しかし、問題なのは「熱とはなにか」ということである。現在では「物体を構成している原子や分子が熱運動をしていてその運動エネルギーが熱だ」ということは広く知られている。
ところが、上記の法則では分子の運動などという事は全く出てこない。上記の@ABでは、熱はあたかも特殊な流体かのような印象を受ける。 このような考え方を「熱素説」といった。19世紀後半に分子運動が発見される前は、物体には質量を持たない「熱素」という流体が溜まっていて、その出入りが熱の流れであると解釈されていた。

3. 熱力学という学問

ここで少し物理という学問について考えてみよう。
多くの人が「物理はこの世の絶対的真理を読み解く学問」であると考えている。しかし、実際はそうではない。
物理が目指しているのは「実験や観察を通して、現実を矛盾無く説明できるモデルを構築すること」なのである。 有名な例では、ニュートンは物体の運動方程式によって力学を築き上げたが、それは20世紀以降の量子力学によって、マクロな世界における近似でしかないということになってしまった。
要するに原子分子のミクロな世界ではニュートンの力学は成り立たなくなってしまうことが実験で確認されたということである。 それでも、マクロな世界では近似で十分なのである。ニュートンの力学に従って、我々はロケットを宇宙に飛ばすこともできる。

熱に関しても同様である。熱は分子運動によるものであることに間違いは無く、熱素なる流体は実在しない。 しかし、イメージとしてそのような流体を仮定しても、マクロな世界でのあたたかさに関する現象は(上記の@AB以外にも幾つかの仮定を設ければ)矛盾無く説明ができる。
ミクロな原子・分子の世界のことも考えなくてはならなくなったら、そのときは素直に分子運動を考えればいい。この視点の切換えが重要なのだ。
なぜなら、繰り返しになるが物理は現実を説明するためのモデルを作っているのであるのだから、モデルはなるべく簡単で扱いやすいほうが良いに決まっている。マクロとミクロの視点の切り替えさえできれば、その場に見合った便利なモデルを使えばよいのだ。(マクロな現象のときに「熱素」のような流体がわかりやすいのは、小学校か中学校で習う物体の熱容量と温度などといった話を思い出せば容易に想像がつくであろう)

熱力学というのは、あたたかさに関する現象をマクロな世界(我々の日常的に暮らしている大きさの世界)での経験や実験を通して、 それらを説明するためのモデルを構築する分野である。
一方、統計力学はミクロな世界(原子・分子の大きさの世界)に立って、それらの粒子の運動からあたたかさに関する現象を説明するモデルを構築する学問である。
どちらの方が正しいとか優れているといった話ではないのだ。その場に応じて適切なモデルや視点を使うことが大事なのだ。

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