埼玉県皆野町荒川河原の蛇紋岩鉱物

訪問日 2012.04.05.

長瀞町樋口で蛇紋岩中の苦灰石を観察したのに引き続き、今度は秩父鉄道に乗り樋口駅から上長瀞駅まで移動、さらに荒川河原を徒歩で歩いて栗谷瀬橋近くの蛇紋岩露頭の観察+採集に行きました。
訪れたフィールドの地図をもう一度載せておきます。A,Bが樋口、ここではC,Dについて見てみます。
埼玉長瀞近くの地質観察・鉱物採集

(1)C地点
栗谷瀬橋の北岸に少しだけ遊歩道が整備されています。
以前、2007年の中学生の頃、このあたりに採集に来たことがありました。その時はここで鏡面(地すべりによって岩石が研磨された面)の美しい蛇紋岩と緑閃石(〜透閃石)を含む滑石片岩を採集しました。
滑石片岩
↑2007年に採集した細かい繊維状の緑閃石を含む滑石片岩。

が、今回行ってみたところ、護岸工事が完成してしまい、もはや露頭の観察は殆どできなくなってしまいました...
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩栗谷瀬橋近くの蛇紋岩
天気が良いので、眺めは良かったですが... ベンチまで置いてありましたので少し休んだりもしました。
部分的に露頭が残っている部分もありますが、今後も徐々にコンクリートで固めていくような雰囲気はありましたので、あえて北岸
蛇紋岩地帯だと地すべりの心配も高いので、こうしてどんどんコンクリートに巻かれてしまうのですね... 残念...

ということで、さっさと諦めて栗谷瀬橋をわたって南岸へ移動。

(2)D地点
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩と秩父ジオパーク栗谷瀬橋近くの蛇紋岩と秩父ジオパーク
↑荒川南岸へ移動中、皆野中学校の脇を通ったところ、このような看板が立っていました。
 現在、秩父市は「秩父ジオパーク」を目指しているようで、こうした解説の看板や案内板が整備されつつあります。
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩栗谷瀬橋近くの蛇紋岩とジオパーク
↑荒川河原に降りた様子。
 左は栗谷瀬橋。右は対岸のC地点をを望んだ写真。
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩とクリソタイル石綿
↑河原の様子をもう1枚。

栗谷瀬橋近くの蛇紋岩と滑石タルク
↑2色にくっきりと分かれる露頭。
 手前の白いのが滑石片岩、奥の深緑色が蛇紋岩。
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩と滑石タルク
↑滑石片岩の様子。ほぼ滑石単独からなり、片状に剥げる。
 蛇紋石が珪長質堆積岩起源の石英(長瀞地域では石墨片岩や絹雲母片岩に変成している)などと反応して滑石ができる。

栗谷瀬橋近くの蛇紋岩とクリソタイル石綿
↑蛇紋岩にはクリソタイルChrysotile(白石綿、アスベストの原料)が採集できる部分がある。
 平賀源内が「燃えない布」としてここのクリソタイル石綿を用いて布を織ったとして、江戸時代がから知られる由緒ある産地です。

栗谷瀬橋近くの蛇紋岩とクリソタイル石綿(江戸時代から)
↑由緒正しさを示す石綿の標本(?笑)
 K標本店から頂いたもので、福井県で親子孫と3代にわたって鉱物コレクションを続けた久保田さんのコレクションが放出されたものです。
 採集年月が、なんと、明治34年8月!!!
 産地は「武蔵」となっていますが、おそらくここの石綿でしょう。
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩とクリソタイル石綿
↑私が今回採集した標本。
 クリソタイルも、その昔は大量に建設などの耐火材に用いられていたようです。
 繊維はしなやかなのですが、トゲトゲしていて、これは大量に吸い込んだら確かに健康被害がでそうだ(^^;)って感じですね。
栗谷瀬橋近くの蛇紋岩と蛇灰岩
↑ついでに転石から採集した蛇灰岩。
 長瀞町樋口の方でも見られましたが、蛇紋岩はいわゆる「二次堆積性」を示し、貫入の際に破砕されてから再び固結したような構造を示すものが見られます。そのように粉砕された粒子間を方解石が埋めたものが蛇灰岩です。研磨すると断面が美しい模様を示すことから「鳩糞石」として石材に用いられます。


― まとめ ―
こちらの栗谷瀬橋付近の蛇紋岩露頭では、長瀞町樋口で見られたような苦灰石の脈は全く見られません。同じように三波川変成帯の結晶片岩の中に取り込まれた蛇紋岩であるのに、様子が異なっています。
樋口の自然金を含む苦灰石脈、蛇灰岩、あるいは蛇紋岩の二次堆積性、さらに、蛇紋岩周辺部で珪長質の岩石と反応してできた滑石や滑石片岩などといった構造はどのタイミングで形成されたものなのでしょうか?

三波川変成帯は、低温高圧の地質環境で形成されたものですが、最近の研究によると、プレートの沈み込みに伴って付加体が沈み込み、いったんエクロジャイトくらいの超高圧変成を受けた後、上昇の過程で加水作用を受けて後退的に変成したものであると言われています。
結晶片岩が取り込んでいる蛇紋岩はあまり片状構造を受けていないことや、エクロジャイトが形成されるところまで蛇紋岩が沈み込んだら蛇紋石は分解すると考えられるので、おそらく「行き」の沈み込みではなく、「帰り」の上昇過程で上部マントルの一部をブロック状に取り込んだのかと思います。
さらに、取り込まれた蛇紋岩は密度が低いので、結晶片岩の中をさらに上昇しようとすることで破砕、二次堆積性や周辺岩石との反応により滑石や方解石・苦灰石などの炭酸塩鉱物を生成したのではないでしょうか。破砕されすぎて粉々になったものは、周りの岩石に巻き込まれて完全に滑石片岩などとなってしまった。
すると樋口の自然金の出処が未だに謎ですよね... なぜあそこだけそこまで金が濃集したのか。
一つの仮説として、「擬似スカルン鉱床」のように考えてみてはどうでしょう? 通常のスカルン鉱床では石灰岩と花崗岩が反応して出来ますが、ここでは蛇紋岩と珪長質の片岩が反応して「スカルンっぽいもの」ができた、と。
しかしそれなら、もっと他の金属鉱物が見つかっても良い気もしますよね、金だけが出るのはやはりよく解らない…

長瀞近辺を含めた三波川変成帯には、まだまだ地質学的に未解決の問題が数多く有り興味深い地域です!



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