秩父鉱山 Chichibu Mine

秩父鉱山大黒_鉱物採集した磁鉄鉱、黄鉄鉱Chichibu Mine Magnetite
葉片状磁鉄鉱・黄鉄鉱・アンケライト(鉄苦灰石) Magnetite・Pyrite・Ankerite
Loc. 埼玉県秩父鉱山大黒河原 Daikoku, Chichibu Mine, Saitama Pref., Honshu Is., Japan

秩父鉱山は関東地方埼玉県の西端-長野県や群馬県との県境近く-に位置し、かつて鉄・銅・鉛・亜鉛などを採掘していた関東有数の金属鉱山である。 現在では規模はかなり縮小したものの結晶質石灰岩(大理石)の坑内採掘を行なっている現役鉱山としての側面も持つ。 東京から自動車で約3時間、鉄道とバスを乗り継いでも日帰りが可能、という比較的近い立地でありながらから、水晶・黄鉄鉱をはじめとする初心者は必ず手に入れておきたい鉱物から、車骨鉱・毛鉱・ブーランジェ鉱・水酸エレスタド石などの 他の産地ではなかなか見られない鉱物が今でも豊富に採集できることから、趣味の鉱物採集のメッカとなっている。 秩父鉱山には多岐にわたる鉱床があり、私も中学生以来ほぼ毎年のように秩父鉱山を訪れている。

本展示では秩父鉱山の基本情報をまとめると共に、これまでplanetscopeで展示してきたフィールドノートの一覧をする。

秩父鉱山 鉱物産地情報 鉱石採集 渦の沢

1. 場所と地質概要 Location and geological outline

秩父鉱山は埼玉県秩父市(旧大滝村)の西端の山奥にあるスカルン鉱床の鉱山である。スカルン鉱床とは、炭酸塩岩に貫入した珪酸塩マグマが接触変成作用を起こして形成される鉱床である。 秩父鉱山の母岩となる炭酸塩岩は、秩父帯(Chichibu belt)と呼ばれる付加体ユニットに含まれる海山起源の石灰岩である。 秩父帯は中央構造線を挟んで相対的に北側に位置する美濃・丹波帯(Mino-Tanba belt)の外座岩帯(クリッペ)であり、両者はともに200~146Maトリアス紀末~ジュラ紀後期の岩石を含むにジュラ紀付加体である。 このような外座岩帯の形成は、三波川変成帯の上昇に伴う上位付加体の変形・しゅう曲によって形成された。

秩父帯を構成する主な岩石は、海溝堆積物起源の砂泥質堆積岩と、その中にレンズ状に取り込まれたチャートである。チャート中には海底マンガン団塊由来の二酸化マンガン鉱が続成作用により弱変成を受けた小規模なマンガン鉱床があり、奥多摩~外秩父にかけては、奥多摩鉱山、日簾鉱山、小松鉱山、大宮鉱山などのMn鉱物採集スポットが知られる。 秩父帯の南縁部には,巨大な海山複合体の断片を含み、その年代は付加体の他の部分よりもやや若い白亜紀最前期である。これを伝統的には"三宝山帯(Snapou-san belt)"と呼ばれて区別されてきた。 海山由来の石灰岩は純度が高く、製鉄などの原料には欠かせない日本の重要な鉱業資源で、なかでも秩父市武甲山は石灰岩採石で有名である。

一方、秩父鉱山を形成した火成岩は、15~7Ma(中-後期中新世)に貫入した非アルカリ珪長質火山岩~深成岩でデイサイト-安山岩~石英ヒン岩~花崗閃緑岩に相当する岩石が産する。 産総研の20万分の1シームレス地質図では珪長質の火山岩のみが記載されているが、実際には多量の花崗閃緑岩が観察され、一部は閃緑岩ペグマタイトになったものも見られる。

秩父鉱山は、栃木県足尾鉱山(秩父帯中に発達したゼノサーマル型熱水鉱床)、茨城県日立鉱山(カンブリア紀受動的大陸縁辺に胚胎されたキースラーガー鉱床)などに比べると地質学的な規模・産業的な規模はともに小さいが、それでも関東有数の有力な金属鉱山であった。 現在では結晶質石灰岩(大理石)の砕石を坑内掘りで採掘しているのみである。鉱山の採掘施設・生活施設の多くが廃墟として残されており、廃墟マニアの間では有名スポットとなっている。また、鉱山創業時のズリや脈石などが鉱物愛好家の間では鉱物採集の対象として現在でも楽しまれており、秩父鉱山は関東最大級の鉱物産地となっている。

2. 沿革 History of Chichibu Mine

秩父鉱山索道跡の鉄塔_鉱山廃墟_鉱山遺跡 秩父鉱山打ち捨てられたトロッコ_鉱山廃墟_鉱山遺跡
左: 現在も秩父鉱山に残る架空索道(鉱石運搬用のロープウェイ)の鉄塔跡。 右: 秩父鉱山の山中にはいたるところにトロッコや鉱山機械類が捨てられている。

3. 鉱山地質 Mine Geology

『日本地方鉱床誌』より鉱山周辺地質図および坑内地質図を引用する。各画像はクリックすると拡大表示されます。
秩父鉱山周辺の地質図秩父鉱山大黒鉱床の地質断面図
秩父鉱山赤岩鉱床の地質断面図秩父鉱山道伸窪鉱床の地質断面図
秩父鉱山道伸窪鉱床の鉱山坑内地質図

4.主な産出鉱物 Mineral

秩父鉱山で観察される鉱物は主に以下の5つに分けられる。

(1) 熱による接触変成作用

熱による再結晶作用で粗粒になって得られる鉱物。方解石Calcite、苦灰石Dolomiteなど。

(2) 珪長質火成岩中、およびその熱水活動で産する鉱物

火成岩及びそこから放出される熱水などの流体の作用でできたもので、成分周囲の堆積岩の影響はあまり関係なくできた鉱物。ペグマタイト鉱物、熱水性脈石など。
石英Quartz(水晶)、カリ長石K-Feldspar、鉄電気石Schorl、普通角閃石Holmblend、緑簾石Epidote、黄鉄鉱Pyrite、黄銅鉱Chalcopyriteなど。

(3) 珪長質火成岩(またはそこから放出される熱水)と炭酸塩岩の反応物(=スカルン鉱物)

石灰岩などの炭酸塩と、珪長質の火成岩が反応して出来る鉱物。成分としてCaOを含むことが特徴的。 灰鉄輝石-透輝石Hedenbergite-Diopside、緑簾石Epidoto、燐灰石Apatite、柘榴石Garnet、ベスブ石vesuvianite、スピネルSpinel、斧石Axiniteなど。

(4) スカルン金属鉱石鉱物

接触交代作用により、炭酸塩岩が交代され、主に金属硫化鉱などが濃集してできる鉱床。 磁鉄鉱Magnetite、黄鉄鉱Pyrite、硫砒鉄鉱Arsenopyrite、磁硫鉄鉱Pyrrohtite、 閃亜鉛鉱Sphalerite、方鉛鉱Galena、毛鉱Jamesonite、ブーランジェ鉱Boulangerite、輝安鉱Stibnite 黄銅鉱Chalcopyrite、自然金Gold、菱マンガン鉱Rhodochrositeなど。

(5) 二次鉱物

主に(4)、または(2)で生成した鉱物が、地表付近で風化して出来る鉱物。または熱水活動の末期生成物。酸化物、炭酸塩、硫酸塩、砒酸塩などが多い。
孔雀石Malachite、菱鉄鉱Siderite、ミメット鉱Mimetite、ビンドハイム石Bindheimite、石膏Gypsum、二酸化マンガン鉱など。

(2)のスカルン鉱物の生成について

一般に、鉱床学の教科書では、もっとも普通なスカルン鉱物として珪灰石wollastoniteが挙げられ、

CaCO3+SiO2 → CaSiO3+CO2
方解石+石英 → 珪灰石+二酸化炭素

という反応式が取り上げられるが、秩父鉱山では珪灰石は殆ど見られない。代わりに、珪灰石のCaの一部をMn2+に置換した同構造鉱物であるバスタム石Bustamite (Mn2+,Ca)3Si3O9が見られる。これは、秩父帯のチャート中にMnが富んでいることにより、マグマおよび熱水がその影響を受けたものであると考えられる。同様にして、灰鉄輝石HedenbergiteCa(Fe,Mg)Si2O6もFeの一部をMnが置き換えたヨハンセン輝石johannsenite CaMnSi2O6となることがある。また、炭酸塩鉱物として、菱マンガン鉱MnCO3も多産する。このように、秩父鉱山ではMnに比較的富むスカルン鉱床であることがひとつの特徴としてあげられる。

その他のスカルン鉱物についても見てみる。変成岩の教科書で必ず現れるACF Diagramを用いて、スカルン鉱物と泥質変成岩の鉱物共生関係の違いを考えてみよう。

ACFdiagram
画像引用 http://www.uwgb.edu/dutchs/Petrology/METPHASE.HTM より

ACFダイアグラムはSiO2は十分な量があるとして、Al2O3、CaO、FeO(=MgO)の量比で鉱物がどのように変化するかを見ることができる。秩父鉱山では、CaOやFeO(MgO)の一部がMnOに置き換わることも考慮にいれるべきであろう。 泥質変成岩との最も大きな違いは、Al2O3が少なく、CaOに富むということである。もっともAl2O3を含むスカルン鉱物の1つとして柘榴石グループが挙げられるが、それよりも上になると石灰岩との反応で形成されることは難しい。また、FeOの端成分に関しても限度があり、頑火輝石Enstatiteのような苦鉄質の鉱物は通常はスカルンに産することはない。

(4)のスカルン金属鉱石鉱物について

炭酸塩岩に金属を含む流体が来ると、珪酸塩岩に対して流体が来た時よりも金属鉱床ができやすい。実際、礫岩層に熱水が作用した際に、石灰質礫の部分だけが閃亜鉛鉱に交代されていたという例もある。 このような炭酸塩岩の交代作用は以下のようにして説明される。
熱水などの地殻流体の主成分はH2O+NaClであるとみなされている。これが高温高圧下に置かれ、その中に金属イオンが存在すると、金属イオンは塩化物錯体を形成して移動することになる。塩化物以外にも、弗化物錯体になることもある。一般に熱水鉱床では、このような金属錯体が地表付近に来るに従って温度圧力が減少し加水分解し、例えば以下の様な反応をすることにより、金属鉱床を形成すると考えられる。

MCl(金属塩化物錯体)+H2O+H2S → MS(金属硫化鉱物)+HCl+SO42-

ここでは一般化のために係数やイオン価数は無視した。これがスカルン鉱床では、金属塩化物錯体がCaやMgの炭酸塩と反応することになる。すると、上式右辺にあるように、塩化水素ができることから、水溶性の塩化Caや塩化Mgが生成する。水溶性物質ということはそのまま流体に流されていくので、もともと炭酸塩があった場所はフリースペースとなり、硫化鉱物が沈殿しやすくなるため、鉱床が出来やすくなるのである。

熱水鉱床では、金属塩化物錯体と水の平衡関係から温度圧力を決定して鉱床が形成された深さを推定することがある程度可能であるとされているが、スカルン鉱床ではそれが難しい。 さらにいえば、現状の研究では超臨界下でのH2O+NaCl系の物性を分子動力学シミュレーションなどにより地殻流体の性質のデータ収集を行なっている段階であり、ここに各種金属イオンが加わった熱水が鉱床形成過程でどのような挙動を示すかまでは、現状ではまだまだ議論の余地が多いにある。

5. 鉱物採集記 Field Note

planetscopeで公開している、過去の秩父鉱山での鉱物採集の様子です。各々のページにて、秩父鉱山の具体的な鉱物産地情報が掲載されています。

なお、各展示における鉱物産地情報は訪問当時の時ものであるのため、現在は全く姿が変わっている可能性がある。実際、台風や大雪の後には地形が変わるくらい流水の力は強く、 渦の沢&中津鉱床(桃の窪)(2012年)の展示でも示しているように、道路工事もしょっちゅう行われている。 採集可能な鉱物も、上流から新たに流れてくるものもあれば、下流へ流されたり新しい土砂で埋まって採れなくなってしまったりと様々である。 このような産地であるため、行くたびに何かしらの新しい発見があるから秩父鉱山は楽しいのである。

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